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2012年2月11日 (土)

【震災復興支援】女川のナポリタン

1月最後の週末に女川に行ってきたことを、なかなか書けないでいた。

ホントはもっと早くレポートを書くつもりで、何度か書き始めたのだけれど、すぐに筆が進まなくなった。場面の断片はたくさんあっても、それが自分の言葉にならない。この作業はどこかに無理があるのだろうと、一度中断することにした。

その間、女川のことを勉強しようと思い、Webで色々調べてみた。そのうち、身内も実家も津波で失った女川の方のブログや町を襲う津波の動画などを見たりして当時の状況を知るにつれ、自分が書こうとしたことが、あまりにも中身がなく陳腐なものに思えて来た。震災から10ヶ月経ってからわずか2日滞在しただけの者が、報道記者のマネをし、わかったようなフリをして書くものへの価値など、無に等しいだろうと。

だから、女川の”レポート”を書くことをは、止めた。

その代わり。

全く個人的なこととして、女川ことを綴ろうと思う。単なる身辺雑記だけど、ささやかでも血肉が通っているものになっていればばいいのだが。

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宮城の名取に、建築設計の仕事をしている友人がいる。彼との縁は20代の時、バックパッカースタイルでユーラシア大陸の旅をしているときに中国・北京の安ホテルのドミトリーで同部屋だったことが始まり。北京の後も旅の途中でインドのデリーやパキスタンで再会し、帰国後もその縁が続き、今に至っている。

彼は人と建物・街とのかかわりあいをひじょうに大事にしていて、再生させた古民家にオンドルを入れたり、ユニークかつ温かみのある仕事をしている。その彼が店舗の内外装をデザインしたバーが女川の町にあった。地元名産の雄勝石のスレートを使ったり、壁に使う塗料も天然のものを念入りに選んだり、手づくりの温もりを至るところに感じさせる店だった。過去形なのは、そう、その店は3・11の津波で全て流されてしまったから。「ダイヤモンドヘッド」という名のそのバーの名前は、サーファーでもあるマスターの好みで、女川湾の先端の岬がハワイの有名なビューポイントに似ているところから付けられたのだった。
http://www.daiyamondo-head.net/

女川の町を見下ろせる高台の一画、女川町立病院の敷地内に、仮設のコミュニティスペース「おちゃっこクラブ」がある。友人は今、「対話工房」というグループを主宰し、そこを地域の人たちが集う魅力的な場所にして行こうという「女川コミュニティカフェプロジェクト」を進めている。自分が行ったのはその第3回目、そこの内部壁面をギャラリーにするための壁の土台つくりの工程のときだった。

そのコミュニティカフェ「おちゃっこクラブ」を、「ダイヤモンド・ヘッド」のマスター・岡さんが夫婦で運営している。メニューはコーヒーなどの温かい飲み物が何点かとソフトクリーム、それにスパゲッティナポリタン。仮設のプレハブだからけっこう寒いけど、明るい人柄の岡さんご夫妻に5歳の元気な男の子、それに昨年5月に生まれた0歳の女の子も加わり、店内はことのほか明るい雰囲気だ。

「おちゃっこクラブ」は、目下工事中につき落ち着く雰囲気ではないけれど、地域の人がコーヒーを飲みに来たり、復興事業で来た人が食事の出来る場所を探してやって来たり、はたまた地元新聞社の記者の方が取材に来たりと、入れ替わり立ち替わり、いろんな人がやってくる。今の女川にはこのような”町のヘソ”となる場所が無いので、温かい飲み物と休憩できる場所があるこのカフェは貴重な場所になっているようだ。

Ochakko
おちゃっこクラブコバルトブルーの女川湾が見渡せる。

ランチタイムに、ここのメニューであるスパゲッティナポリタンを頂いた。このナポリタンが、究極の喫茶店のナポリタンの味と言えばいいのか、フルーティで濃厚なケチャップ味のソースに太目のスパゲッティが絡み、喫茶店偏愛者の自分には堪らない美味しさなのだ。聞けば、りんごを入れたりして、オリジナルのソースには結構手間を掛けているという。

このナポリタン、実は「ダイヤモンドヘッド」の名物でもあったらしい。ちょっとしたライブもやる港町・女川のバー・・・とても魅力的な場所だったと想像する。岡さん夫妻の悲しみは想像を絶するものだろうが、自分が手掛けた、懇意にしていた顧客の店が一瞬のうちに無くなってしまった友人の胸中を察するにまた、言葉にならない感情が湧き上がる。宮城には何度も行っておきながら、女川には行かなかったことが悔やまれる。「ダイヤモンド・ヘッド」に一度お邪魔して、酒を飲み、語り、締めにナポリタンを頂きたかった。

友人のブログに、近所の写真館のご主人が大判のカメラで撮ってくれた、実に雰囲気のいい、当時まだ工事中で完成間近の「ダイヤモンドヘッド」の写真が載っている。
http://www.flickr.com/photos/kaikokiich/5495907613/in/set-72157622814698291
佐々木写真館のご主人・佐々木厚氏は、昨年3月11日、奥様と共に津波にさらわれ帰らぬ人となった。写真館は今、娘さんが“勝手に”3代目を襲名している。
■NEW もんちカメラの旅日記
http://monchiblog.exblog.jp/

女川という町は非常に魅力的に映った。2日滞在しただけだけど、自分で街を歩けば、幾つもの街を旅して歩いてきた直観が働く。それに岡さん夫妻を始め、出会った女川の人たちが魅力的だった。縁は大事にしたい。理屈でなく、この女川の町を、ささやかではあっても応援して行きたいと思った。

女川の港は東に面している。だから、朝日が上がるとき、太陽が水面を照らしてとても美しいらしい。震災後の昨年5月に生まれた岡さんの娘さんは、港から上がる朝日に希望を込めて「あさひ」ちゃんと命名された。あさひちゃんはきっと今日も、歩行器に入って「おちゃっこ倶楽部」の中を動き回り、店内に希望を振りまいているに違いない。

いつの日か必ず、女川に、バージョンアップした「ダイヤモンドヘッド」が復活することを、心より願っている。そのときは、女川の人たちの末席に自分も加えさせてもらってもいいよね?我が友・海建築事務所代表、海子揮一さん。

(※後日・写真編も掲載します)

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コメント

とても個人的な感覚で書かれている文章なのに、人のつながりとかその地域の人の想いとか、そういう広がりを感じる(想像できる=imagin)のは、文章力と想いの力でしょう。感じました。
 そうしていたら、今日のFMヨコハマで「女川カレープロジェクト」の話の後半部分だけ聞きました。今月末に鎌倉で女川カレーが各協力店で食べられるそうです。行ってみようと思いました。何か始まるだろうと思います。

komiettieさま

コメント&情報提供ありがとうございます。
「女川カレー」は知りませんでした。鎌倉の若い人がボランティアの炊き出しでカレーを作ったのが発端みたいですね。それを形にし、地元を中心に広げてゆく。素晴らしい行動力!「女川カレープロジェクト」のサイトを見ていたら、自分が女川で会った方がインタビューで登場していました。動き、伝えていけば、どこかで繋がるものなんですね。

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